「運動-呼吸同調」のメカニズムと効果
研究の背景
ランニング時に「すぅすぅ,はっはっ」とリズミカルな呼吸をしていると,いつの間にかランニングのリズムに合っていることを
よく経験します.このようにリズミカルな運動中に,呼吸リズムが運動テンポの影響を受け,互いの位相が同期化していく現象を
「運動−呼吸同調」(略して「同調」)と呼んでいます.
この運動−呼吸同調は実際に効果がある(運動が楽になる)のか,あるとすればどのようなメカニズムかということは,今のところ
はっきりしていません.同調の効果については,同調発生により呼吸困難の軽減や,酸素摂取量の低下による換気効率の改善
などの効果があるとの報告がある一方,逆に効率は変わらないとする報告もあり,コンセンサスは得られていません.
同調の効果があるという場合,その要因として,横隔膜に関して呼吸による上下と運動による物理的な上下がうまく一致すると,
効率がよくなるということが挙げられています.また,腹筋には姿勢安定や着地時の衝撃吸収のために収縮する場合と,
補助呼吸筋として呼気を助けるために収縮する場合がありますが,それらが同期化すると効率がいいはずだということも言われます.
一方,楽にならないという人たちは,人間の動作は左右対称で行われているので,右側の運動が同調にプラスの効果があった
としても,同時間の左側はマイナスの効果となっており,プラスマイナス変わらないはずだと反論しています.
また,楽になるならないは別として,実際に同調が起こる場合があることとから,そのメカニズムも検討されており,
別のページの「運動時の換気亢進」のところでも述べたように,末梢神経反射が関与して末梢でのリズミカルな刺激が呼吸中枢を
リズミカルに刺激するので,呼吸もそれに合うようになるということが言われています.一方,セントラルコマンドが関与する
という研究もあります.
この同調は起こりやすい人と起こりにくい人で,かなり個人差があります.これまでの研究では同一被検者に同調させた場合と
そうでない場合で比較している場合がほとんどですが,同調発生の個人差が影響している可能性があり,同調発生率の高い
グループと低いグループで比較するなど,個人差を考慮して同調の効果を明らかにする必要がありますが,そのような観点からの
研究は今のところありません.
この同調については現場でも応用されており,高齢者や慢性呼吸器疾患患者では,呼吸リズムが乱れやすいために呼吸仕事量が
増大し,呼吸困難を引き起こす傾向がみられるため,呼吸リズムを整えること,および運動と呼吸のリズムを同調させることが
リハビリテーションの現場では重要であり,映像や音刺激で運動と呼吸を同調させる呼吸法のトレーニングを推奨しているグループも
あります.
もし,この同調が効果があるならば,「学習効果」でも述べたように,その呼吸法を繰返して学習させることで呼吸法を変容させる
ことが可能であり,リハビリテーションだけでなく,一般人の有酸素性運動にも役立てることが可能です.
そこで我々は,運動−呼吸同調が起こりやすい条件と,同調が有酸素性運動に効果的か否か明らかにし,さらにそのメカニズム
として,同調が運動時の呼吸・循環応答にどのような影響を与えるか,同調発生率の低いグループと高いグループに分けて
個人差の観点から明らかにする,ことを目的に2つの実験を実施しました.
実験成果
(1)同調発生に関する実験
方法
14名の健康な男子大学生を対象とし,VO2peakの40%, 60%, 80%の負荷の自転車漕ぎ運動を15分間,胸郭制限条件と非制限条件で
実施しました.回転数は約60回転としました.その時のVO2や換気量,心拍数等の呼吸循環パラメータを測定しました.
また,呼気開始点と関節角度の差異などをもとに同調発生率を算出しました.
結果
同調発生率は呼吸制限の影響は受けず,負荷に依存し,負荷が重いほど同調発生率が高値を示しました.さらに同調発生率と
運動時の呼吸・循環応答の関係を検討した結果,80%VO2peakでの運動時に同調発生率が高い人ほどその時の体重当たりの
酸素摂取量が低いことが明らかとなりました.
結論
このことから,高強度において同調があれば運動の効率がよくなる可能性が示唆されました.ただし,呼吸数を上げて同調
させると,死腔量の関係で逆に効率が悪くなることが影響する可能性も示唆されました.
(2)強制的同調・非同調実験
方法
12名の健康な男子大学生を対象に,被検者の好みの回転数と呼吸数で60%VO2peakの負荷で15分間の自転車漕ぎ運動を
行わせ(自由条件),呼吸と運動の同調発生率および呼吸循環応答を測定し,同調発生率の低い群(非同調群)と高い群
(同調群)比較しました.
次に各被検者に60%VO2peakの負荷を用い,自由条件での平均回転数で15分間運動させながら,@呼吸を運動と同調させる
ように(同調条件),または,A呼吸の速さ(呼吸数)を正弦波状に変動させるように(非同調条件),音刺激と画面に
指示を出し,同様の測定を実施しました.
さらに学習効果を検討するため,非同調群を同調条件で,また,同調群を非同調条件で15分×2セット×5日間(計10回)の
自転車漕ぎ
トレーニングを行わせ,トレーニング前後で自由条件での運動中の同調発生率と呼吸循環応答を比較しました.
結果
自由条件では同調群と非同調群の2群間で,酸素摂取量,心拍数,換気当量(換気効率の指標)などの呼吸・循環応答の差は
認められませんでした.さらに,全員の強制的同調条件と非同調条件でも平均すると差は見られませんでした(図1).
図1.同調・非同調による運動時の換気効率の変化
すなわち,中強度(60 %VO2peak)での自転車漕ぎ運動では,呼吸と運動を同調させても呼吸循環系には影響はなく,運動は
楽にならないことが明らかとなりました.
一方,同調群に非同調で,また,非同調群に同調させように逆方向にトレーニングさせると,その後の自由条件での運動に対し,
同調群で非同調化など同調発生率がトレーニングと同方向の変化を示し,別ページで示した「学習効果」と同様に呼吸法の
学習効果が示唆されました.
結論
運動と呼吸を同調させることは,有酸素性運動でよく用いられる中程度以下の強度では効果はなく,それよりも呼吸数をなるべく
抑える呼吸法が,効率をよくすることが示唆されました.
(3)まとめ
自転車漕ぎ運動の場合,負荷が高いほど同調が起こりやすく,かつ高強度(80%VO2peak)で同調した場合に,酸素摂取量の
低下が認められることから,高強度運動時の同調は,呼吸の効率がよくなる可能性が示唆されました.
しかし,一般的な有酸素性運動に用いられている60%VO2peakの強度では,同調による効果は認められないことが明らかとなりました.
また,呼吸数を下げることが換気の効率をよくする要因であることも示唆されました.
今後の課題として,有酸素性運動によく用いられている走運動でも,同様のことが起こるかを明らかにすることが挙げられます.
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