運動時の換気応答
安静から軽〜中程度のステップ負荷運動を開始しますと、換気は一呼吸目から急増して10秒ほどで一端プラトーに達し(Phase I)、
20秒位から指数関数的に増加し(Phase II)、3分ほどで定常に達します(Phase III)。これまでの運動時の換気応答に関する研究は、
Phase II, IIIがほとんどでしたが、我々のグループは運動開始直後20秒以内のPhase Iに注目して研究を進めており、世界的に見ても
我々のグループはこの分野の研究の一大勢力であると言えます。
メカニズム
運動時の呼吸を調節する要因は、大きく3つあります。
1)末梢や中枢神経からの延髄にある呼吸中枢への情報入力、
2)呼吸中枢での入力の統合と呼吸パターンの決定、
3)呼吸中枢から呼吸筋への出力
です。
運動時は、代謝に合わせて呼吸を上げる必要があるため、呼吸中枢への様々な入力が重要になってきます。
末梢化学受容器(頸動脈小体)は、血中のガスセンサーとして働き、代謝によって産出された炭酸ガスの濃度を感知し、
呼吸を上げるように呼吸中枢に命令します。しかし、運動開始直後は、代謝産物がまだ頸動脈小体に到達しないのに、
換気が一呼吸目から急増することや、運動中に血中の炭酸ガス濃度自体は大きく変わらないことなどから、この頸動脈小体は、
運動時換気亢進の主要な要因ではなく、換気と代謝を一致させるように、細かく換気を調節するために働いているとされています。
先行研究ではこの運動開始直後の換気応答のメカニズムについて、上位中枢(大脳や視床下部)から作業筋へのインパルスが、
呼吸中枢や循環中枢に放散する(irradiate)というCentral command(セントラルコマンド)と、末梢の筋や関節の機械受容器から
group III, IV神経を通って、呼吸・循環中枢を刺激するperipheral neural reflex(末梢神経反射)の二つの神経性入力経路が、
冗長的(redundant)に各中枢を刺激して換気や心拍を急増させることが、主に動物実験を用いて明らかされてきました。
面白いことに、検者が被検者の脚を他動的・受動的に引っ張るだけでも末梢神経反射により、換気は増加します。我々はこれを応用し、
セントラルコマンドが関与しない受動的動作を行わせることで、セントラルコマンドと末梢神経反射を区別して検討しています。
研究の成果
我々はこの運動開始直後の換気・心拍応答に関する基礎的データを集めるために、ヒトを対象として様々な被検者グループについて、
また、様々な条件でのPhase Iについて実験を行ってきました。このPhase I を調べることにより、
被検者群による違い
被検者グループごとのPhase Iの研究の成果として、例えば、高齢者やこどもの動的運動開始20秒間(Phase I)の換気・心拍応答は
一般成人よりも低いまたは遅いこと、女性と男性ではこれらの応答にほとんど差がないこと、陸上の長距離選手や短距離選手は
一般人よりもこれらの応答が低いこと、明らかにしてきました。前述した被検者グループによる差が受動的動作にも同様に見られることから、
末梢機械受容器からの入力が成長とともに増加し、成人後加齢とともに減少すること、さらに、トレーニングを長年繰り返すことによって
機械受容器からの入力が減少することを推察しています。
条件による違い
一方、様々な条件下でのPhase I に関する研究として、例えば、脚の運動よりも腕の運動の方がこれらの応答が高いこと、
低速(低頻度)運動より高速(高頻度)運動の方がPhase Iが大きいこと、平常時に比べ、ベッドで寝たきりや片脚を動かなくする
サスペンジョンといった不活動時のときにPhase Iが低下すること、また、平常時に比べ、筋痛または筋損傷時にPhase Iが亢進すること、
利き腕・利き脚より非利き腕、非利き脚のPhase Iが大きくなることを報告してきました。
メカニズムの追求
さらに我々はヒトを用いてPhase Iのメカニズムに関する研究も行っていて、睡眠中に受動的動作を行わせた時の換気や心拍応答が
覚醒時よりも高いことから、覚醒時には大脳などの上位中枢からの呼吸・循環中枢に抑制がかかっている可能性があることや、
内科医との共同研究で副交感神経を薬理ブロックした時の換気応答が通常と比べて低いことから、運動開始時には副交感神経抑制性の
気道拡張によって換気亢進が助長される可能性があることを示唆しています。
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