我々の研究室では、運動開始時の呼吸・循環応答のメカニズムを探るひとつの手段として、受動的な動作をさせ、
そのときの換気や心拍の増大を観察してきました。なぜ自分で動かさなくても換気や心拍が増加するかというと、
筋や関節にある機械受容器が動きを感知して、それを細い感覚神経(group III, IV)を経由して呼吸中枢や循環中枢に伝え、
反射的に換気や心拍を上げるようなメカニズムを生体は持っているからです(呼吸循環応答のページ参照)。
この現象を何かに役立てることはできないかと考え、自分でなかなか身体を動かせない寝たきり老人に、このパッシブ運動を
実施すれば、何か効果があるのでないかと思いつき、科学研究費の萌芽研究に応募したところ、採択されたので、
実際に実験をしてみました。
被検者として、脳血管疾患などであまり自分で動けない高齢者を考えましたが、なかなか研究受け入れ先が見つからず、
やっと安城市の八千代病院が協力してくれることになり、3名の患者さんを対象に実験を行いました。
足関節、膝関節、股関節、肘関節、肩関節(回内・回外と外旋・内旋の2種類)を、2人の検者が両側を交互に約1秒に1回の
リズムでリズミカルに20秒間だけ動かし、30秒ほどの休憩を挟んで3回ほど繰り返す運動を週3日、8週間実施しました。
われわれはこれを「パッシブ体操」と呼んでいました。
8週間のパッシブ体操前後に関節可動域、握力、反応時間、肺機能(肺活量)、ストレスホルモンと脳内活性物質、
気分と感情のプロフィール(POMSテスト)、日常生活の改善などを測定・観察してきました。
結果としては、
1) 関節可動域が改善された
2) 精神的に落ち着きがでてきた
3) 前向きな姿勢が見られるようになった
4) 動作に改善が見られるようになった
5) 体力や諸機能(特に最大を発揮するもの)の低下傾向を抑制することはできなかった
ことが明らかになりました。
ただし、今回の対象患者さんはこの体操以外は他の患者さんと同じ生活を送っており、その中にはリハビリやリクリエーションも
含まれているため、今回の結果が必ずしもこのパッシブ体操の効果だと言い切れないという限界があります。
患者さんにとっては、いいと思うことは何でもする必要があり、実験室のように、コントロール群と比較することは不可能です。
3名という少ない被検者、コントロール群との比較ができないなど、限界はありますが、この「パッシブ体操」は効果が少しは期待
できそうです。
この体操一番の利点は、特別な器具はいらず、手軽に家でもできるということです。患者とスキンシップでき、患者にとっても
放ったらかしにされているのではなく、何か構ってもらえている安心感もあるかもしれません。
できれば、お宅でもやってみてはいかがでしょうか?
ただし、速く身体・関節を動かすことは患者さんにとって負担となることもあります。理学療法・作業療法の分野では、 「速い他動運動」はよくないとされているそうです。どのスピードを「速い」とするか明確ではありませんが、
いきなり速いスピードで実施するのではなく、ゆっくりしたスピードから始め、患者さんの意見をききながら、 徐々にスピードを上げていき、できれば1秒に1回のリズムのやや速目のスピードに持っていくことが、
運動生理学的には必要ではないかということです。
どのスピードが適切かということを含め、今後この運動は様々な観点・立場から検討される必要があります。
詳しい結果は、
パッシブ体操のまとめ(PDF版)
をご覧下さい。
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