運動と酸素のお話し

運動に必要な酸素
 身体を動かす(=運動する)時には筋肉が収縮しますが、そのためのエネルギーが必要になります。
生体ではATPという物質が分解してADPという物質になるときに産出されるエネルギーを利用して、
筋を収縮させています。しかしATPはすぐなくなってしまうために、
ADPからATPを再合成しなくてはならず、
そのために、また別のエネルギーが必要です。その代表的なものが、
グリコーゲンを酸素で燃焼して、
水と炭酸ガスに変える過程でエネルギーを産出
する、有酸素性(エアロビック)エネルギー供給機構です。

 その酸素はどこから取ってくるのでしょうか?そう、大気中に含まれる酸素(20.93%)を肺に取り込んで、
血管を通じてヘモグロビンと結合させ(酸化ヘモグロビン)、血液にのせて筋に運びます。
通常、肺ではヘモグロビンはほとんど100%酸素と結びつきますが、肺を通らない血液もあるので、指先などで
酸素飽和度を測定すると98%くらいになります。そして筋にたどり着いた酸化ヘモグロビンは、
酸素を組織に放ちます。酸素を放す程度は組織の酸素濃度に依存していますが、通常は25〜50%ほどしか放さず、

多くのヘモグロビンは酸素と結びついたまま(酸素飽和度=50〜75%)、肺に戻ってきます。従って、空気中から
肺に取り込んだ酸素のすべてがヘモグロビンと結びつくわけではなく、そのまま呼気として吐き出されてしまう
酸素もあります。実際、呼気の中に酸素は15〜17%も含まれています。つまり、
酸素を筋に供給する側は
十分余裕があるのです




 運動開始のときにきつかったり、ペースが上がるとしんどくなるのは、供給される酸素が不足するのではなく、
筋で酸素をうまく使えないため、グリコーゲンを無酸素で分解して乳酸などが生成され、筋の収縮を妨げるからです。
その時でも呼気に酸素は15%ほど残っています。言い換えると、道路(呼吸循環器)には余裕があるので、
原料(酸素)はたくさん工場(筋)に送られてきますが、工場の処理能力が悪いので、使い切れなかった原料は
もとにもどっていくことになります。静脈を通って肺に戻ってきたヘモグロビンは、50%(運動時)〜75%(安静時)も
酸素がくっついたままなので、外界から取り込んで肺までやってきた酸素の中には、ヘモグロビンと結びつけず、
再び呼気で外界に吐き出される酸素もあるので、呼気中の酸素濃度は15%くらいもあるわけです。


高所での酸素
 さて、平地の酸素濃度は20.93%ですが、登山やロープウエイで高度が上がると、酸素が薄いと感じますね。
ここで問題です。富士山山頂の酸素濃度は何%くらいになると思いますか? ぶっぶー。やはり20.93%です。
酸素だけが薄くなるのではなく、空気全体が薄く(=大気の密度が低く)なるだけで、濃度つまり組成(酸素、
炭酸ガス、窒素の比率)自体は変わりません。平地では上空からの空気の重みで空気自体が圧縮されていますが、
高所に行けば行くほど上からの空気の「おもし」が減るため、圧力(気圧)が減り、圧縮されない分一定体積内に
含まれる気体の分子の数が減る(空気が薄くなる)ので、その結果、
酸素の絶対量は気圧に比例して減ります
平地の気圧を1013hPaとすると、富士山頂の気圧は約650hPaとなり、平地の約64%となります。
これは、平地で20.93%×64%=13.4%の濃度の酸素を吸っているのと同じことになります。

 高所登山ではすぐ息が切れてしまいます。これは高所、つまり、低酸素環境では一回で吸い込んだ息(吸息)に
含まれる酸素の絶対量が減るため、組織に送られる
酸素が不足するからです。それをカバーするために、
生体は
呼吸、すなわち換気量を増やします。これは反射的に行われます。生体には血中の酸素濃度が下がった
(≒酸素飽和度が下がった)こと感知する
センサーが頸動脈(頸動脈小体)や延髄にあり、呼吸中枢に濃度情報を
伝えて反射的に呼吸を上げ、酸素をたくさん取り入れるようにします。これが
化学受容器反射です。
この
センサーの感度はヒトによってかなり異なっており、少しの低酸素で呼吸が急激に増える人、ほとんど増えない人、
様々です。そしてこのセンサーは、体内で代謝の結果産出される炭酸ガスのセンサーでもあり、代謝が増えて炭酸ガスが
体内に溜まると、それを排出するために呼吸を促進させ、逆に過換気などで体内の炭酸ガスが低下すると、呼吸を抑制
します。実はこの
炭酸ガスの方が影響が大きいのです。



 先ほども述べたように、酸素は余裕があるので、標高1800m程度で酸素の量(=気圧)が20%程度減っても、
安静状態では酸素飽和度はほとんど平地と変わりませんし、呼吸もほとんど上がりません。しかし2500mくらいに
なって酸素の量が平地より27%も減ると、酸素飽和度は急激に低下し始め、92%くらいなります。
ここでやっと
センサーが効き始めて呼吸を上げるように仕向けます。
呼吸を激しくすれば酸素飽和度は高くなりますが、
先ほど述べたように、安静で代謝が増えていないのに呼吸を上げると、過換気で炭酸ガスがどんどん排出されるので、
センサーがそれを感知して呼吸を抑制するので、思ったほど呼吸は上がりません。そして先ほど述べたように、
この低酸素に対する換気亢進や過換気性の低炭酸ガスによる換気抑制はヒトによって個人差があります。
また、山に登る速さ(運動強度)が同じなら、体力の低い人はしんどいので、息が上がります。さらに、肺で酸素を
取り込む能力(肺拡散能)や、ヘモグロビンの量なども酸素運搬に影響を与えます。これらの要因が複合的に
重なりあって、
登山中の呼吸(息)の上がり方はヒトによって異なり、酸素飽和度も違ってきます
山に行って息切れが激しい人、しんどくなる人もいれば、そうならない人もいるのは、これらが関係しているのです。

さて、高い山に登ると、頭が痛くなる人がいます。いわゆる「
急性高山病」です。
このことは、別のページで詳しく説明します。
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