急性高山病とは
「
運動と酸素のお話し」にあるように、2500mを超えて酸素が薄くなると、安静ではあまりわかりませんが、
少し動くと息が切れます。これは生体の正常な反応です。しかし、体がうまく反応できないと、頭が痛くなったり、
ふらふらしたり、食欲がなくなったり、体に異常が現れることがあります(不思議なことに、全く平気な人もいます)。
このように、高所に行って体調が悪くなると、「急性高山病(Acute Mountain Sickness; AMS)」が疑われます。
急性高山病は、放っておくと、肺に水が溜まる「高所肺水腫」や脳に浮腫ができて脳を圧迫する「高所脳浮腫」を
引き起こし、死に至ることもあります。まずは、急性高山病とはどんなものか、しっかり理解しておきましょう。
1)発症状況
標高2500m以上の高所に到達して数時間から1日以内に発生する場合が多いようです。弾丸登山のように急激な
高度変化があると、体がそれに追いつかず、発症しやすいと言われています。また、逆に山小屋などで睡眠すると、
寝ている間に呼吸が抑制されて体内の酸素が不足し、翌朝、発症することもあるようです。運動強度が高いと
筋でより酸素が必要になるので、動脈血酸素飽和度はより低下し、AMSが起こりやすくなります。発生頻度は
文献によりまちまちですが、3000m程度で10〜30%, 3500mで30〜50%の人がAMSにかかると言われています。
2)症状
第一に頭痛があること。それプラス、消化器症状(吐き気、食欲不振)、倦怠感・虚脱感、めまい・もうろう感、
睡眠障害のうち1つ以上がみられる場合を指します。AMSのスコア表(判定基準)を用いて評価します。
3)治療・対策
急性高山病かな?と思ったら、まず、それ以上高度を上げず、安静にして様子をみましょう。体が低酸素に慣れて
(馴化)、症状が改善することがよくあります。しかし、どんどん悪化したり、半日たっても改善しない場合は、
諦めて下山しましょう。平地(常酸素)に戻ればばたいてい治ります。
症状が重い場合、近くに山の診療所があれば、受診してください。30分ほど酸素吸入すればほとんどの場合は
改善されます。しかし、治ったと思ってまた高度を上げると、再発する可能性が高いので、諦めて下山しましょう。
市販の酸素缶は5分程度しか持たないので、治療効果はありません。
内科的治療法として、非ステロイド系の頭痛薬の服用は多少効果がありますが、頭痛薬によっては呼吸を抑制する
ものがあるので、注意が必要です。後で触れるダイアモックスという薬も、効果はあるようです。
あと、脱水になっている場合も多いので、水分補給も重要です。
4)予防法(AMSにかからない登り方)
(1) 体を馴化させるために、ゆっくり登ること。2500m付近で1時間ほど滞在してから登ることも有効です。
弾丸登山は止めましょう。
(2) ゆっくり、深い呼吸をすること。浅い呼吸は効率が悪くなります。休憩時には積極的に深呼吸しましょう。
また、口をすぼめてゆっくり息を吐く(ろうそくの炎をゆらすイメージ)と、肺に圧がかかって、次に息を
吸いやすくなります。呼吸もゆっくりになるので、効率もよくなります。
(3) 山に行くといつも頭が痛くなるという人は、予防薬を服用しておくのも一つの方法です。ダイアモックス
という、本来は緑内障の治療薬は、呼吸を促進する作用があり、急性高山病の予防と治療に有効とされて
います。この薬は日本旅行医学会認定医などの医師の処方が必要です。
(4) 夏場の登山の場合、高度が低い所での発汗による脱水が、のちの急性高山病の引き金になることもあります。
血流や体内のイオンバランスは、あとで述べる急性高山病の発症メカニズムにも関係しています。
山にはトイレが少ないので、登山中は水分をあまり摂らない人もいますが、あまり汗をかいていなくても、
こまめに水分補給しましょう。
(5) 体力(特に持久力)が高い方が、同じ速さで山に登った場合、相対的な運動強度が低いので、楽に登れます。
持久的なトレーニングをすると、呼吸循環機能が向上し、ヘモグロビンの濃度も高まるなど、酸素供給能力が
高まり、低酸素に強くなります。
(6) 予め、低酸素に慣れておくことも有効です。山道具屋やスポーツジムで低酸素室を持っているところもあります。
挑戦しようとする山より少し低い山で経験を積んでおくのも効果的です。これは体を馴化させるというよりも、
呼吸法や歩くペースなどを体得させる意味が強いと思います。
5)急性高山病の発生メカニズム
急性高山病は低酸素が引き金となって起こることはわかりますが、どのようなメカニズムで起こっているので
しょうか?実は、現時点でははっきりしていません。以前は、低酸素による換気の亢進の程度(低酸素感受性)が
低いと、酸素がうまく取り込めないため、酸素飽和度(ヘモグロビンが酸素と結びつく割合;SpO2)が低下し、
AMSが発症するとされていましたが、低酸素感受性とAMSスコア、または高所での酸素飽和度とAMSのスコアとは
あまり相関がないということがわかってきました。なお、「運動と酸素のお話し」で述べたように、高所では単に
低酸素に対する感受性だけでなく、低炭酸ガスに対する換気の抑制の度合いも関係して、換気が調整されています。
酸素飽和度は平地の安静で98%程度が正常値で、病院では90%を切ると危ないと言われますが、富士山頂で測ると
平均で80%くらいまで下がります。しかも個人差が大きく、60%台の人から90%台の人まで様々で、低くても
全然平気な人もいます。
最近では、脳血流量は低酸素で増加しますが、AMSを起こす人はその増加率が高く、脳が膨張しようとしますが、
頭蓋骨で周りを固められているため、脳を圧迫してAMSを起こしやすいことが示唆されています。
また、脳と頭蓋骨の緩衝材である脳脊髄溶液が少なく、脳が頭蓋骨に密着している人ほど、膨張に対する緩衝が
少なく、頭蓋内圧が高まりやすく、急性高山病を起こしやすいという説(タイトフィット説)もあります。
しかし、低酸素による脳の膨張は数mm程度で、タイトフィット説を説明するのには小さすぎるとも言われており、
はっきり結論付けられていません。急性高山病は、さまざまな要因が関連して起こるというのが、妥当な考え方の
ようです。
不思議なことに、高所で必ず頭が痛くなる人もいれば、平気な人もいます。急性高山病にかかりやすい人は、
どんな特徴があるのでしょうか? それがわかれば、急性高山病にかかりやすいかどうか、前もって知ることができる
かもしれません。そこで、 急性高山病を予知するスクリーニングテストを開発する研究にトライしました。
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